研究の概要

研究目的

本研究プロジェクトは、歴史地理学が今まで研究を進める中で蓄積してきた経験を生かして、東日本大震災の被災地について震災前の地籍図・古地図に表現された郷土の姿に注目し、それらの地籍図・古地図に含まれる地理情報を地図やデジタルマップの形で地域住民に提示することで、復興支援に資する目的を持つ。さらに、この実践を通じて、今後も日本列島で想定される災害に立ち向かうには、そこに盛られた地籍データのうち、何を将来に残すことが重要なのか、将来の国土管理のあり方について歴史地理学の観点から問題にする。過去における歴史災害や土地形状の歴史遺産を読み取るという、従来も取り組んできた研究に立脚した上で、地籍図を基にして防災と復興に向けた社会的実践に結び付ける新たな視点の研究アプローチである。

研究概要
ポンチ4

現代日本が抱える喫緊の課題として、2011年東日本大震災からの復興が挙げられる。2020東京オリンピックが決定され、放射能対策は国際公約となった。報告者は、歴史地理学の立場を生かした復興支援プロジェクトを2012年から推進しており、本報告は、その研究目的を提示し、成果の一部について紹介する。
日本の歴史地理学では、明治初期に全国で一斉に作成された地籍図(cadastral maps)を史料にして、その当時の土地区画を確認し、それを基にして、前近代を中心とした過去の景観を復原する手法が重要となっている。とはいえ、藤田がこだわってきた市庭は、景観自体が時間によって変化することが特徴であり、少なくともこの手法で「復原」される景観は、当時の一部に過ぎない点を問題にしている。
歴史地理学の立場から東日本大震災の復興に寄与しようとする本プロジェクトは、「災害復興・防災のための地籍図・古地図を活用したGISデータべースの構築」という研究課題を掲げて、2012年度から4年間にわたり科学研究費補助金を得た。そこでは、上述した過去の復原に伴う論点は、一旦は横に置く。明治初期以来続く土地区画の所有権に関するデータは、地籍データとして連綿として、現代まで引き続き、更新されている。この景観の後身が大きく被害を受け、今では一部しか残されていない場合でも、この地図に重きを置くことで、被災前の景観を地図上で「復原」して見せることもできる。
東北3県における主なフィールドは、史料が揃っている点から、福島県と予定している。
本プロジェクトの特徴的な論点は、以下の5点がある。

  1. 小字地名に関するデータ:明治初期の地籍図は、当時の土地区画も押さえられるが、そこに記載されている小字地名も、今や無用の長物になって、貴重な地名が地元でも忘れられようとしている点を危惧している。さらに、地籍図自体が、新しい地籍図の作製とデジタル化によって効力を失っているばかりか、その重要性が認識されないまま、処分されると、小字の位置を確認する術は、永久に失われる危機的状況にある。
  2. 土地区画に関する地籍データ:上述した危機を克服する機縁は、東日本大震災からの復興過程に存すると認識している。集団移転するにせよ、元の町並みを生かすにせよ、その前提として、個人毎の土地区画の境界と面積等を確定することが重要であり、そのために地籍図は、根本的で、最終的な資料になるから、である。
    本プロジェクトでは、地籍図を用いて作成された明治初期の景観を復原した地図データを被災した地区住民に提示することで、復興への営みを側面から支援しようとするものである。
  3. 近世絵図からの技術-絵図自体の精度と土地家屋調査士:地籍図自体、明治初期という作成当時の技術的な制約から、精度は高くない。この弱点を克服するのに、その道の専門家である土地家屋調査士による勘や判断が重要になる。我々、歴史地理学者も、研究の過程で、そのような勘が育っている。今回のプロジェクトではそれを支援し、GISに乗せることで、復興への道筋を付けよう、と考えた。「当時の技術的な制約」は、近世絵図との連続性から説明されるべきである点も、今回は、念頭に置く。土地家屋調査士の全国組織、「日本土地家屋調査士会連合会」とも連携を約束し、福島県を中心に具体的な活動を開始している。
  4. GISの活用:GIS(地理情報システム:属性に関する統計情報について、コンピュータ上で各々の位置情報に基づいて、瞬時にして地図化するシステム)に乗せることで、土地区画に関するデータと小字の境界を確定する作業も計画している。地籍図などの絵図自体も、GISに乗せることが可能で、正確さも判定できるまで、我々の技術も進歩してきた。
    このように、現代に構築されているGISの上に乗せることで、復興支援に繋げようとする点に特徴がある。この作業を通じて、近世測量絵図のみならず、商工地図など昭和期の大縮尺地図をもGIS上で復原する基盤が構築できる。GIS上で復原された大縮尺地図の効用は、建築学における家屋の模型が地域住民にもたらす波及効果の経験を下敷きにしている。地域社会に長く生きる故老の記憶を呼び起こすことで、復興に向けた活力に結びつけたい。たとえ高台に移転する、という選択肢をとるにしても、地域住民の了解を取り付けるには、かなりの困難が予想され、指導者の気力を奮い立たせる基盤ともなり得る、と期待される。
  5. 全国への波及効果:海溝などを震源として、規模の大きな地震が起こった場合、東北地方太平洋沖地震のような津波被害の発生は、十分に予想される。東南海地震・南海地震もその一つである。東日本大震災の被災地に関する復原作業による経験は、全国に及ぼす計画である。

研究計画

藤田科研・研究体制r2

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